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アイデアの甕

アイデアを放り込んでおくと甕は腐臭を発しない

過剰サービス労働の現場、なのか?コールセンターで働いて奴隷根性に染まる前に読んでおきたい本

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コールセンターって言ったら、写真のような電話機ではなくってヘッドセットをどっかと被った人々がわんさと並び口々にお客様の対応をしている風景が目に浮かびます。

 

コールセンター本

『ルポ コールセンター 過剰サービス労働の現場から』というノンフィクション・ルポルタージュ(意味はよく分からない…現場取材記的な?)を読みました。

 

ルポ コールセンター 過剰サービス労働の現場から

ルポ コールセンター 過剰サービス労働の現場から

 

 

過剰か否か

サービス過剰性の1つの判断基準として、離職率の高さが挙げられます。統計に示される一般企業のそれと比較して、コールセンターは離職率が高めであると。

 

とはいえ、新卒で入社した新人の3割が3年でサクッと辞めちゃう昨今、それだけで過剰なサービスを証するものとは言えないでしょう。

 

感情労働

感情を表するに値する何かに出くわすのは人生の醍醐味の一つですが、日本に生きる社会人にとっては感情を表出することがひとつの労働となり、そこには精神的コストのようなものを費やさなければならないようです。

 

感情労働なんて言葉があるくらい、それは労働として認められ、また求められています。

 

クレーマー様にぶちまけられた怒りを柔和に受け止めつつ、謝罪の意をトーンに込め、にこやかに矛を収めてもらえるよう善処する、あるいはやむなく矛先を変えてもらう。高度なコミュニケーション術は各人の才能によるものかもしれません。

 

 

稀有なコールセンター嬢の才能を発揮する江古田ちゃん。

 

 

人気漫画家・東村アキコさんの自伝的マンガ。漫画家として駆け出しの頃、宮崎駅前のコールセンターで働いていた描写があります。やめようと思ってから数年間コールセンターの仕事をこなしたそのスキルにはやはり属人的なコミュ能があったのではとマンガ全編を通じて読み思いました。

 

コールセンターってどうなん?と思ったら、上記2マンガは必読。

 

九州地方に多い?

『ルポ コールセンター』でも度々記載されますが、自治体主導でコールセンター業務請け負い企業を誘致した経緯があるそうで、それは九州・沖縄地方が特に多かったのだとか。

 

コールセンターを業務の要とする健康食品会社が多数あるという九州。また地元には雇用を担う大規模製造業の進出がほとんどない沖縄。雇用創出、経済再生と言う20年来言われ続けたその具体的解決策として、コールセンターが誘致されたのだそうで。

 

もちろん、今の根っから電話世代(60代~)が颯爽と世を去ったその後にどうなるかは推して知るべし…ですが、そんなのどこの業界のどの企業でも同じですのでコールセンター業界からだけ穴が開くわけではなく、どこからボキっと逝っちゃってもおかしくないこのご時世です。

 

素人風も探せば見つかる

コールセンターの仕事も色々あって、営業補助的な仕事(アウトバウンド)や電話代行、注文受付、問い合わせ取次みたいなバックオフィス業務(インバウンド)、もしくはクレーム対応=お客さまとの接点=マーケティングの最前線と捉えたり。

 

これまで一番面白いなと思ったのは、通常こうした電話代行みたいな業者は訓練された熟練オペレーターの技術を謳ったりすることが多いのですが、とある業者さんは「うちは、素人風が売りです」とHPに記載されていました。

 

新人の女の子が頑張って電話とって必死にお客さま対応してます!

 

という感じを装うらしきその業者さん。結構天晴れな目の付け所で、そんな差別化もアリよなと妙に感心した次第。就職、仕事の依頼、あるいは起業なんかでご興味のある方は検索してみてください。

 

働く人々

『ルポ』の著者は朝日新聞の記者で、この本も朝日新聞の連載がもとになっているようです。朝日新聞。働く人の味方、朝日新聞

 

本文では多数の労働者(その多くが非正規雇用であることが、ある種の嘆きを持って訴えられています…が、何だか朝日新聞さまの記者目線であるようにも感じます、当然ながら)の中でひときわ目を引くのは、58ページから登場する三村さん(仮名)。

 

公共性が高く、なおかつ専門性の高いコールセンター業務に持久性…じゃなく時給制契約社員として従事していた三村さんは、ある時雇用主による雇用契約変更の通告を受けますが、これを不服として労働組合を結成。諸手当の廃止などを撤回させます。

 

すかさず、当業務からの撤退を決める企業。三村さんはこの仕事の社会性、公共性を強く意識し、署名を集めてこの決定を覆そうとします。結果、業務の全面廃止は免れたものの大幅な業務縮小に加え、三村さん自身は失業。

 

「実際は高度なスキルが求められるのに、賃金は低く、『誰でもできるような仕事で、大したことをしていないんだ』とすり込まれる。私たち自身も、これは末端の仕事だ、こんな仕事をしているのは恥ずかしい、と思わされている。悲しい構図なんですよね。」

 

だったら、起業すればいい

この高度なスキルを持ち、公共性の高い仕事に従事する三村さんは、街頭で署名を集めると言うハンパない行動力さえ持ち合わせています。誰でもできるわけじゃない。なのに、自ら卑下して嘆いて見せる。

 

なくてはならない(はずの)、専門性が高い(ゆえ参入障壁が高い)この事業。あなたがそれほど必要性を感じるのなら、なぜ起業して社会に価値を提供しないのだろうか?

 

なぜだか「自分は雇われる側」という弱者気分に浸っていたいのかもしれませんが、世の中にある会社の大半は必要性があってそこに存在しているわけで、それが本当に必要だと(署名まで集める程に!)思うのなら、自ら「雇う側(兼プレーヤー)」として独立すればいいだけの話。

 

諸々言い訳があるかとは思いますが、ならば会社にその負担を押し付け自分だけ安全地帯に居つつ悲劇のヒーローを気取るのは間違っていやしないかと思います。簡単に言うな、と言うでしょうか。でも、それを企業に押し付けているのは他ならぬあなた自身であると気づかなければなりません。

 

悲しい構図を補強しているのは、自らを弱者と規定するその心根ですよ。