エーザイの新規抗認知症薬(BACE 阻害剤 「E2609」)はアリセプトの代替品となり収益を改善するか?
抗認知症薬と言えばエーザイの「アリセプト」という時代が長く続き、老化恐怖を拭い去る期待感を伴って認知症治療薬としてバカスカと処方されていたところではあります。
ところが、ところが。
その効果は限定的(治さない。症状の進行を一定期間抑えるだけ…と主張している)であり、なおかつ副作用の易怒性がクローズアップされるにおよび、「アリセプトはやめろ!」との声が次第に大きくなってきました。
ビジネスとしての抗認知症薬市場
認知症患者は超高齢化と言われて久しい日本においてだけでなく、世界中で増加するとみられていますが、根治薬や根治療法がないことを特徴としています。
というか、そもそも「何故起こるのか?」という疑問にすら科学は答えを見いだせていないわけなので当然と言えば当然かもしれません。
従って、服薬すれば「認知症の症状進行を抑える」とするクスリには大いにビジネスチャンスがあるわけで、ビジネスとして、市場として認知症を眺めてみたらば、そこは美味しいものに違いが無いのでした。
アリセプトとジェネリック
とは言え、世界的に見ても医薬品はジェネリック(後発薬)使用推進の流れにあり、アリセプトも例外ではありません。
29位に位置するアリセプトは、順調に売り上げを落としています。
開発者の杉本先生が熱き想いを語っていた日より幾星霜。今では顧みられることもあまりなくなってしまいました。
新規巻き直し政策
この流れは止めようもありません。
新規医薬品創生型の製薬企業にできる唯一の打開策、それは「新規医薬品の発売」意外にありえないでしょう。
エーザイは、すでに動き出しています。
2012年。
BACE 阻害剤 「E2609」の初めての臨床試験データがAAIC で発表される
http://www.eisai.co.jp/news/news201247.html
BACE阻害剤は、「βサイト切断酵素」を意味し、「アミロイド前駆体タンパク質のβサイト切断酵素であるBACEを阻害することでβアミロイドの総量を低下させ」ることが期待されています。
アリセプト(ドネペジル塩酸塩)が、アセチルコリン(ACh)の加水分解酵素であるアセチルコリンエステラーゼ(AChE)を阻害するのとは違った作用機序の薬品となりますね。
さて2014年。
エーザイ株式会社とバイオジェン・アイデック・インクがアルツハイマー型認知症治療剤に関する共同開発・共同販促契約を締結
http://www.eisai.co.jp/news/news201410.html
事態は進展し、2016年。
BACE阻害剤「E2609」、米国FDAが臨床第III相試験開始に向けて十分なデータが得られたことを確認
―早期アルツハイマー型認知症を対象とした臨床第III相試験を2016年度中に開始予定―
http://www.eisai.co.jp/news/news201659.html
ついに臨床試験の最終段階を開始させるに至り、ちょっと勇み足気味なようにも思われますが、2020年の実用化を目論んでいるようです。
認知症、細胞に直接作用 エーザイ
エーザイは新型のアルツハイマー型認知症の治療薬を2020年をめどに商品化する。脳内の神経細胞の働きに直接作用し、記憶障害や精神の不安定さなどアルツハイマー特有の症状を抑える。世界的な高齢化の進展で認知症患者は増えており、製薬大手の開発競争も激しさを増している。臨床試験を急いで競合に先駆けた販売を目指し、新たな主力薬に育てる。
[フロンティアビジネス面]
これでかつては国内1000億円を売り上げ、2015年度には400億円の売上高となった「アリセプト」の減少分を補てんするほどに売り上げを伸ばせるでしょうか?
いや、ならない。きっとならない。
そう思います。
懸念事項
海外のサイトも当該ニュースに興味を持って報じています。
製薬企業はブロックバスターと呼ばれる大型の医薬品で業績が大きく上下するため、経済系のウェブサイトもこうしたニュースには非常に敏感ですが、治験の第3相において効果が証明されるまではただの「候補」でしかないわけで、いくつか懸念事項が示されています。
「血漿中や脳脊髄液中のベータ・アミロイド量が減るのはわかったわ。けど、βアミロイドの蓄積がアルツハイマー病の主因って言う、その根本的な仮説(アミロイド仮説)にも今は疑いの目が向けられてるわけやん?せやのに、その作用機序では心もとなくない?」
「それに、BACEそのものは生体内で機能している有用分子で、筋肉の適切な働きを助けると言われてるわけやけど、それ阻害する薬って危険性ないん?」
といったところでしょうか。
この辺は今後出てくる第三相試験の結果で何かしら見えてくるかもしれません。
また新たなアルツハイマー病発症仮説なんかもあったりするので、根本が揺らぐ可能性もあります。
医薬品産業の難儀さ、ここに極まれり。
また最近特に話題となっている週間誌上の「クスリは使うな!」特集においても「アリセプト」を初めとする抗認知症治療薬の無能さが話題になるにおよび、認知症は即時投薬対象と言う発想も変わってきているように思われます。
認知症の薬をやめると認知症がよくなる人がいるって本当ですか? 僕が「コウノメソッド」で変わった理由
- 作者: 長尾和宏,東田勉
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と言う訳で、新規医薬品候補のBACE阻害剤の薬効が認められ、2020年より導入されるとしてもアリセプトが誇ったほどの売上は上がらないと予想。
「夢のクスリ」に期待し続ける社会も、変わってきてる…のかもしれない。違うのかもしれない。
BACE阻害剤への競争過多
BACE阻害剤がアリセプトほど売れないという予想のさらなる根拠としては、競争過多になる可能性が挙げられます。
ベータ・セクレターゼが前駆体タンパク質を切断してアミロイドβをつくり、脳細胞にアルツハイマー病特有のプラーク(瘢痕)をつくるという仮説は(疑義があるものの)非常に一般的で、それをターゲットとして想定することはどの製薬会社にも可能です。
既にアストラゼネカ&イーライリリー(AZD3293/LY3314814)、メルク(MK-8931)、アムジェン&ノバルティス(CNP520 )が候補物質を治験にかけているようで。
AZ-Lilly start second pivotal trial of fast-tracked Alzheimer's drug - PMLiVE
製薬会社のマーケティング手法として一般化してしまった疾病喧伝の方法も、認知症に対してうまくいくのかは不明でしょうし、認知症手前のMCIなども治療対象とするのか、それが倫理的に許されるかなど不確定要素を抱えています。
医薬品に対する信頼が揺らぐ中、疾病喧伝の手法も効果が薄れてゆくでしょう。患者を薬漬けにして儲けを出す手法を捨てるか改善するしか生き残る道はない。
日本のメーカーだからと少しはエーザイの肩を持ちたい気持ちもありますが、E2609を薬効成分とするクスリは(市販に漕ぎ着けたとしても)あんまし売れない。きっと売れない…と予想します。