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アイデアの甕

アイデアを放り込んでおくと甕は腐臭を発しない

嘘には嘘を。できればもう少し美しいのを、どうか一つ。

クラシック音楽、科学論文、食品、医薬品、などなど偽装が明るみに出て世を騒がせている昨今ではありますが、嘘の来し方に関して2パターンあるように感じます。

 

1.一人の天才による、大きな嘘

一人の天才(というのは少し嫉妬のこもった皮肉ですけれど)の類まれなる構想力と実行力によって達成(?)された大きな嘘およびそれに付随する無数の物語は、周りとその人自身をも巻き込んで世界を変える可能性を持っています。

「一人騙せばただの嘘だが、百万人騙せば宗教だ」とか言うと問題あるのかなどうなのかな。

 

2.複数の凡人により、幾重にも塗り重ねられた小さな嘘

「これくらい、みんなやってんべ?」つって、少しずつ、少しずつ塗り重ねられてきた小さな嘘の塊は、「やらなきゃ損!」の坂を転げつつ大きく、大きくなっていきます。

そこでは「組織の利益」と「個人の利益」がない交ぜとなり、「みんな」を盾にせっせと嘘の手工業的拡大再生産をすることになります。より正確に言えば、『「みんな」を盾に』というより、『「みんな」の暴力を背景とした無言の圧力に曝され』でしょうか。

嘘を隠す嘘が巧妙・精緻化するのも特徴的ですね。

 

個人的には前者の大きな嘘を好みます。エンターテイメント性も抜群ですし。

 

ただ、大きな嘘も小さな嘘も、ヒトの本質を理解するのに欠かせない要素だと思いますので、ウソつきは消えてなくなれ!なはんて全く思わない。嘘がない世界は、ちょっと想像ができないくらいに色褪せている気がしてなりません。

 

騙されるよりも騙したい、マジで。という嘘つきの呟き。

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